地震学以外の新潟の地学
2020年9月6日掲載

瀬波温泉海岸で発見されたクジラの化石 Whale fossil discovered on the Senami Onsen coast

 1982年、新潟県村上市瀬波温泉の海岸で、長さが2mを超える脊椎動物の脛骨、脊椎骨、肋骨、頭骨の化石を含むノジュール(岩塊)が地元の人によって発見されました。私は当時地元の高等学校の科学部の顧問をしていた関係で、調査と採集を依頼されました。そこで生徒の部活動の一環としてこの化石の分布の調査と記載と海岸からの引き揚げ、採集を行うことになりました。このページでは、その様子をまとめた新潟県立村上女子高校の科学部が「新潟県地学教育研究会誌第17号」に投稿した報告文を掲載します。当該雑誌の印刷が必ずしも鮮明でないため、報告文の本文はテキスト文として再録し、図版は保存されていた原稿から複写し再編集しました。

 なお、このページは2019年に当方のもとに別個体のクジラ化石が届けられたことを契機に特別に開設しました。地学同好の有志に読んでいただければ望外の幸せです。


ここから[新潟県地学教育研究会誌第17号 1983年]
瀬波海岸で発見された海棲哺乳類の化石について 中間報告
                    村上女子高校科学部地学班
1 はじめに
 村上市瀬波温泉の海岸一帯は、新期砂丘に厚く覆われ、海水浴場としてひろく知られている。 しかし近年、波浪浸食により砂の流出がおびただしくなり、1982年春には温泉海岸南部において長さ1kmにわたり砂丘の下位の新第三紀層が全面露出するに至った(図1)
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図1.瀬波温泉海岸の位置

 同年6月24日、地元在住の菊地豊俊氏が海岸を散策中に、砂中から現われた岩塊より10数cm径のセキツイ骨を発見し村上市教育委に届け出た。以後、当クラブは県哺乳動物研究グループとともに周辺の調査を進め、同年8月までの間、最初の発見地より約800m南方で頭骨ほか 10数個の含骨化石ノジュールを発見、採集した。今回は、中間報告として、現在まで当クラブでまとめてきたことを発表する。

2 地形および地質の概略
 村上地域は、新潟より中条、坂町、神林まで続く蒲原平野の北限にあたり、通称お城山、山居山、浦田山等の隆起帯により「朝日・村上盆地」を形成している。中条-神林間の平野部の東縁では、新第三系が西傾斜の単斜構造を示し、海岸では平野深く沈みこんでいるのが特徴である。しかし当村上地域では、山居山、浦田山付近の隆起部で、再び新第三系が露出し、瀬波温泉付近では新第三系下部の硬質頁岩層が露出している。
 従来、この地域からは動物化石の報告例が極めて少なく、新潟標準層序との詳しい対比はなされていなかった。当クラブでは、ここ数年間の 現地調査により瀬波温泉一帯の頁岩層から、パリオラムベッカミ、ルシノマ類等の二枚貝や魚化石、大型有孔虫等を多数採集しており、その層相の特徴とも合わせて、この頁岩層を七谷層に対比している。
 今回の発見は、浦田山の西方、瀬波温泉南方の海岸に露出した七谷層よりなされたものである。

3 発見地と産状
 波食作用によって露出した場所を図2に示す。図のAは最初に菊地氏がセキツイ骨を発見した地点、Bはその後当グループの調査によって頭部を含む多数の化石を発見した地点である。化石 はいずれも亀甲状または碁石状のドロマイトノジュールに包まれ、一部はノジュールの原形のまま、他の多くはノジュールが破壊、分断された状態で発見されている。発見された含化石ノジュールの全ては、根がとれた「転石」状になっていたが、周囲のノジュー ルの分布や配列からみて、比較的近いところで頁岩層より分離、転落したものと考えられる。なお、現在も汀線付近で頁岩層より分離していないノジュール群が波に洗われている(図-3) 。
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図2.

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図3.



4 採集した化石について
(N-Oは含化石ノジュールの整理番号)
1. A地点
N-1 長径 2.3 m短径1.2mの楕円体形のノジュールに包まれている(図版1a~g)。脊椎骨、頸椎骨、肋骨、肩甲骨が含まれ首から胸部までの部分である。脊椎骨の径は12~13 cm,脊椎骨各ブロックの長さは頸部近くで 5.0cm、胸部では最大1 4.5cmである。尾部 は欠落している。肋骨は断面が長径4.5cm~ 6.0cm、短径2.0~2.5cmである。長さは、ノジュールそのものが胸部全体を包むほど成長しなかったためか、途中で欠落しており、確認できない。遺骸そのものが胸部の左右から押しつぶされて堆積、固結した様子で、肋骨のほとんどは図版1-aのd方向にそれぞれ2対となって露出している(図版1d)。肩甲骨の一部と頸骨は分離している。
 2. B地点
N-2 上顎、下顎を含むノジュール。径1m(図版2)。写真の手前方向に頭骨が付いていたものと思われる。断面で下顎の長径8.0cm短径 4.0 cm、上顎の幅24cmである。
N-3 頭部。2つに割れているが、合わせて径1.0mである(図版3)。耳骨とみられる硬質塊が一対ある。
 この他、B地点では多数の化石を含むノジュールの断片を発見、採集している。その中で部位が推定できるものを図版4~6で紹介する。

5 考察
 今回発見し採集したものは、ほとんどが超大型の哺乳動物の部分片である。そのため詳細な分 類、同定はクリーニングの終っていない現在では困難であるが、以下に現在の段階で推定できることがらをまとめる。
N-1はヒゲクジラ類の成体と考えられる。胸部の大きさから推定して体長は20mを下らないと思われる。
N-2およびN-3は、体長10m以内のやはりヒゲクジラ類と考えられる。N-1とは明らかに別個体である。N-2とN-3は分割されたノジュールの露頭での分布状態からみて、 同一個体の顎骨と頭骨の可能性が強い。
化石を含む硬質頁岩層は、新潟標準層序の七谷層に相当する。しかし周辺の露出が悪いため、七谷層の上部か下部かの特定は今のところできない。同じ瀬波海岸の露頭で大型有孔虫(シク ラミナ類)の濃集帯が何枚か見つかっているので、今後有孔虫による詳しい調査が待たれる。
近くの瀬波温泉の露頭でパリオラム・ベッカミを多産することから、堆積環境は泥質の深海 性であったと考えられる。

6 おわりに
瀬波海岸は1982年より1983年にかけて、なお波浪による浸食が進んでいる。現在でも、搬出できないため海岸に放置されている化石が2~3個あるが、今後もさらに貴重な化石が発見される可能性は大きい。しかし、この化石を含むノジュールは搬出があらゆる意味で容易ではないため、貴重なものを発見しながら粉砕して海中の砂クズとなる危険性もまた大きい。さらには、この2~3年 浸食による砂の流出が続いているが、逆に砂の流入となって、せっかくの化石の宝庫もやがて砂丘の下に眠ってしまうことも考えられる。その意味で、当クラブは緊急的に調査をし、不充分ながら現在の段階でとりあえずまとめられることを記載した。未だ海岸に放置してある化石や、これから発見されるであろう化石は地元の協力をお願いして速やかに採集して行きたい。今後は化 石のクリーニングも含めて、古脊椎動物の専門家による綿密な調査・研究を期待するところである。
この報告をまとめるにあたっては以下の方々にお世話になった。化石の採集に際しては、第一発見者の菊地豊俊氏をはじめ、村上市役所の計良道男氏、田中喜一氏、高橋久仁男氏および加藤組の富樫庄太郎氏にいろいろとご協力をいただいた。新潟大学小林巌雄先生、日本歯科大学笹川一郎先生、高橋啓一先生、本校理科の大滝清二先生および中村康平先生にはご指導・ご助言をいただいた。小千谷西高校の堀川秀夫先生には、採集から鑑定までご指導・ご協力をいただいた。末尾ながらこれらの方々に厚く謝意を表する。

参考文献
黒金道雄・田崎芳作・堀川秀夫(1977) 新潟県産の哺乳動物化石 新潟の自然第3集
佐渡海棲哺乳動物化石研究グループ (1977) 新潟県佐渡における中新統鶴子層に関する地史学的・古生物的研究(I) 佐渡博物館研究報告第7集

 図版説明(この項はウェブサイトに掲載するために追加しました。そのため一部本文と重複します)
図版1a N-1のノジュール上方よりの見取図。実際には肋骨が何本か重なっているが、この図ではそれらを省略し模式的に描いてある。b、c、dの矢印は以下の図版の撮影方向。
図版1b 頸椎骨付近。この先に図版1-eの頸椎骨が付合する。椎骨の下方の平板状のものが肩甲骨で、向こう側の肩甲骨の先端付近から1-fの化石を採集した。図は背が下になった状態。
図版1c 脊椎骨の胸部付近。水平突起、直突起や折れた肋骨が確認できる。
図版1d 肋骨が2本ずつ対になって等間隔に突き出している。
図版1e 脛骨
図版1f 肩甲骨先端の関節部? 1g 1bの付近から採集した肋骨のつけ根
図版2 N-2。本文参照。左右にある楕円形のものが上顎、中央部のものが下顎の断面。末尾に示した「全体推定図」の頭部(右方)の先端部分と思われる.
図版3 N-3。本文参照。図は露頭現地でのもの。採集時、左右2つに割れた。
図版4 脊椎骨、突起の断面
図版5 腕骨
図版6 同上


図版1a


図版1b


図版1c


図版1d

                           


図版1e               図版1f              図版1g



図版2 頭部 上顎(2本)と下顎. スケールは図版1gとほぼ同じ.末尾に示した「全体推定図」の頭部(右方)の先端部分と思われる.


図版3 頭部 図版2の上顎と下顎の付け根部分か. 末尾に示した「全体推定図」の頭部と思われる.スケールは図版1gとほぼ同じ


図版4 脊椎骨、突起の断面


図版5  腕骨. スケールは図版1gとほぼ同じ


図版6  腕骨. スケールは図版1gとほぼ同じ



以上は1982年執筆、1983年印刷の「新潟県地学教育研究会誌第17号」の投稿原稿をもとに編集しました。なお、この含化石ノジュールのクリーニングは1984年に同じ村上女子高校科学部(大滝清二先生指導)によって行われています。

〔追補〕

図版1aの脊椎骨はこの推定全体図の破線で囲まれた部分と考えています。

 
 [著者]
 河内一男 
KAWAUCHI Kazuo
新潟薬科大学非常勤講師(地学担当)

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