このページでは,海陸風という小規模な気象現象と,2011年福島第1原発事故の関連を調べます.
On this page, we will investigate the relationship between a small-scale meteorological phenomenon called sea-land winds and the 2011 Fukushima Daiichi nuclear power plant accident.
1.はじめに
まずは事故直後に政府から発表された(米国機による)放射線量測定の結果を図1に示します.
この放射能流出の実体は,まだよく分かっていません.現在のところ,放射能物質流失量自体は第2号炉(2号機)の3月15日の午前中に生じたとものが最大とされています.それで,南東ー北西方向の「放射能汚染の帯」はこのときのものと一般には考えられています.しかし,本当にそうだったのでしょうか.そもそも,南東の風に乗らないとあのような帯はできません.ところが,3月15日当日はそのような気象条件ではありませんでした.
図1. 左:キャプションには「2011年3月17日,18日,19日の3日間に米国によって測定・公表された福島第1原発を中心とする放射線汚染地図」右:キャプションは「発電所周辺の汚染分布図(3月22日・4月3日)多数の平行線は飛行経路.紺色は無しか微弱の地域」とありました.
Figure 1. Left: The caption is "Map of radiation contamination centered on the Fukushima Daiichi Nuclear Power Plant measured and published by the United States on March 17, 18, and 19, 2011". Right: The caption is " Map of radiation contamination centered on the Fukushima Daiichi Nuclear Power Plant Contamination distribution map around the site (March 22nd/April 3rd): Many parallel lines are flight paths. Dark blue areas are areas with no or very weak contamination."
2.原発事故のあった福島県浜通り地方の海陸風
残念なことに,福島第一原発に近い浪江町のアメダスデータは地震時の停電で2011年3月11日15時50分から復旧する同月30日0時まで欠測となっています.周辺の観測点も同様です.それで,ひとまず復旧した後の浪江町の3月30日のデータを見てみましょう(図 2左 ).この日は冬の季節風がなく,海陸風が起きやすい「穏やかな晴れた日」で,8時頃から南東よりの海風が吹いていることがわかります.もう一つ,別ページ「海陸風」で取り上げた2018年3月31日の,福島県浪江町のデータを図2右に示します.この日も海陸風が起きる気象条件で,海風は午前8時頃から午後6時頃まで,南東の方向が卓越しています.
海風が陸風よりはっきり現れているのは,気圧配置による風と合成されているためです.例えば,日本海に低気圧がある場合,日本海側では陸風が強くなりますが,太平洋側の場合は海風が強くなります(図3).前述のように,「汚染の帯」はこの海陸風という局地的な気象現象のうちの「海風」によって引き起こされたものと推定されます.海風は海で冷やされた空気塊の内陸部への移動です.冷たいから重く,地べたを這うように北西の方向に進んだのでしょう.降雨がなくともこのような風の道に沿って放射能汚染の帯が形成された可能性があります.2011年3月30日の場合は8時間,2018年3月31日の場合は11時間に渡って南東ないし南南東の「海風」が吹き続けています.
図2 左: 2011年3月30日のアメダスデータ. 右: 2018年3月31日のアメダスデータ .緑枠が海風.黄枠が陸風.左(2011.3.30)の場合は陸風がはっきりしていない.これは(海陸風より規模の大きい)気圧配置が上空で反対向きの東風を吹かせているためと思われる.海風の方は追い風となるため,はっきりと現れている.図3を参照.
Figure 2 Left: AMeDAS data as of March 30, 2011. Right: AMeDAS data as of March 31, 2018. The green frame is the sea breeze. The yellow frame is the land breeze. In the case on the left (March 30, 2011), the land breeze is not clear. This is thought to be due to the pressure distribution (which is larger in scale than the sea-land wind) causing easterly winds to blow in the opposite direction at the top. The sea breeze is clearly visible because it acts as a tailwind. See Figure 3.
図3. 海陸風は日本海側と太平洋側で吹く向き(風向)が反対になる.夜に吹く風は陸風で,昼に吹く風は海風であることは同じ.また,日本海を低気圧が進んできたときは,日本海側では陸風が,太平洋側では海風が速度の合成の関係で強くなる.
Figure 3. The direction in which sea-land winds blow is opposite on the Japan Sea side and the Pacific Ocean side. The wind that blows at night is a land breeze, and the wind that blows during the day is a sea breeze. Additionally, when a low pressure system moves through the Sea of ??Japan, the land breeze becomes stronger on the Japan Sea side, and the sea breeze becomes stronger on the Pacific side due to the combination of speeds.
|
3.最悪の事態は免れていた
放射線は3月12日午後3時36分の1号機の爆発,14日午前11時01分の3号機の爆発,さらに15日早朝(異音発生が6時10分,白煙確認が6時14分と8時25分)の2号機の「爆発」などのイベントに関連して,12日から15日までの間に強弱を繰り返し,ときどきの風によって四方へ拡散しました.
南東ー北西の汚染の帯は,この間のどれかのイベントのときに,一定の時間,海からの冷たい南東の風が吹いて形成されました.そしてその南東の風は、当地の気象特性(図2,3 ) を考えれば,午前8時頃から日没の頃まで吹く「海風」です.
前述のように,3月12日から15日の間の福島第一原発周辺の気象データは欠測ですから,一番近い福島県いわき市小名浜(図4 )と南隣りの茨城県北茨城市(図5 ) の風向のデータを検証します.小名浜では15日,北茨城では12日のいずれも午後の部分が欠測ですが,両者を見比べることによって,この地方に「海風」が吹いていたかどうかを推定することができるはずです.
結論を言うと,15日は海風が吹く気象状態ではなかったようです.つまり,南東の風が一定時間吹くことはありませんでした.それ以外の3日間は,午前中から夕刻にかけて海風が吹いていたことがわかります.
大気中に放出された放射線量は3月15日の2号機のものが最大と言われています.しかし,放出時が図2で示した黄色枠の「陸風」の時間帯であれば,放射能に汚染された微粒子は東方ないし東南方の太平洋へ流れます.また,いつでも海風,陸風が起きるわけではありません.「穏やかに晴れた日」でなく,例えば日本海からの季節風が強い日であれば,晴れていても海風は吹かず,西寄りの風で汚染粒子は太平洋へ流れ出ます.いずれにしても,3月15日に放出された汚染粒子は西寄りの風に乗って海上へ流れ出た可能性が高いのです.東方海上で事故の支援をしていた米海軍航空母艦のロナルド・レーガンが被曝して,現場を離脱したのはこの頃です.もし,そうであれば,米海軍には申し訳ないのですが,福島県浜通地方にとっての「最悪の事態」は免れていたことになります.
図4. 福島県いわき市小名浜のデータ.左から,2011年3月12日,13日,14日,15日.
Figure 4. Data for Onahama, Iwaki City, Fukushima Prefecture. From left: March 12th, 13th, 14th, 15th, 2011.
図5. 茨城県北茨城市のデータ.左から,2011年3月12日,13日,14日,15日.
Figure 5. Data for Kitaibaraki City, Ibaraki Prefecture. From left: March 12th, 13th, 14th, 15th, 2011.
4.汚染の帯は12日の海風によって引き起こされたか
それでは,汚染の帯はどのイベント(水素爆発,水蒸気爆発,その他の非爆発的噴出)で形成されたのしょうか.
1号機と3号機の爆発の映像がユーチューブで公開されています.これを見ると12日の1号機の爆発の噴煙は,ゆっくりと内陸側へ流れています.これはまさに海風に流されていることを示しています.これに対して,14日の3号機の爆発の噴煙は1号機のときよりも高く上がり,白煙と黒煙が混じっていることから,爆発の規模は大きいようですが,噴煙は内陸の方には流れていません(図6,7).図4の小名浜の記録を見ると,14日は10ないし11時時頃まで北西の風が吹いています.図7の映像から考えると,福島第一原発では,3号機の爆発時の11時01分は海風に切り替わる前の北西の陸風が吹いていたのでしょう.
汚染の帯は,当時の気象データから見る限りでは,最大の放射線量を観測した15日の2号機の爆発ではなく,12日の1号機の爆発か14日3号機の爆発によるものと考えられます.さらに,図7の映像の噴煙の動きから3号機の爆発時は北西の風であった(13日は近接の小名浜で海風に切り替わる時刻が遅かった)ことを考えると,汚染の帯は12日の1号機の爆発によってもたらされた可能性が高いことになります.
本稿の推論が正しいとしても,それがどれほどの意義を持つのか,著者自身もよくわかりません.それでも,この知見が将来的に(たぶんそのとき著者はこの世にいないでしょうが)予想される再稼働原発での(ありうべからざる)重大事故の際の,一人一人の退避行動のための一助になれば望外の幸せです.
図6. 1号機の爆発.上:爆発6秒後. 下:爆発26秒後.福島中央テレビによる.噴煙は左手(陸側)へ流れている.
Figure 6. Explosion of Unit 1. Above: 6 seconds after the explosion. Bottom: 26 seconds after the explosion. According to Fukushima Central Television. The volcanic smoke is flowing to the left (land side).
図7. 3号機の爆発.上:爆発6秒後. 下:爆発26秒後.福島中央テレビによる.噴煙は最初高く上がり,その後右奥(海側)へ流れているように見える.福島県浜通地方にとっての「最悪の事態」は免れた.反対に,このとき,米海軍空母のロナルドレーガンは大量に被爆した.そして,現場を離脱した.
Figure 7. Explosion at Unit 3. Above: 6 seconds after the explosion. Bottom: 26 seconds after the explosion. According to Fukushima Central Television. The volcanic smoke rises high at first, and then appears to flow to the far right (towards the sea). The ``worst situation'' for the Hamadori region of Fukushima Prefecture was avoided. On the other hand, at this time, the US Navy aircraft carrier Ronald Reagan was exposed to large amounts of radiation. He then left the scene.
|
・地震地学のほかに(プロフィール、地学全般その他)に戻る
|
|
|
|