日本海東縁プレート境界の地震地学
Seismo-Tectonics on the Eastern Japan Sea Plate Boundary

新潟の地震を考える
My View about Seismicity around Niigata Region

1918年信州大町地震の断層運動 Fault movement of the 1918 Shinshu Omachi Earthquake
2013年9月9日掲載
2024年1月29日更新

  〔概 要〕

 アムールプレート(ユーラシアプレート)とオホーツクプレート(北米プレート)の境界の位置と形態はまだ確定していません.一つには日本海東縁の変動帯の青森県日本海側―秋田県沖―山形県沖―佐渡沖から糸魚川―静岡構造線を経て相模トラフに達するという考え方があります.もう一つは山形沖から新潟市付近を通り信濃川流域沿いに長野ー松本に達し,糸魚川ー静岡構造線を胴切りして関西地方に達するという考え方です.このページで紹介する1918年(大正七年)信州大町地震はこの問題のかなめの地点で発生しました.
 地殻変動の解析による本論の結論は次の通りです.
(1)この地震は北北東―南南西走向・西傾斜の震源断層の逆断層運動により引き起こされた
(2)この地域は信濃川流域―長野盆地―犀川流域を結ぶ地帯すなわち「信濃川地震帯」を軸とするプレート衝突境界である
(3)この境界は南に伸びるのではなく,中部地方を縦断し関西地方に達する可能性がある

 〔用語解説〕
・震源断層:地震の原因である地下の断層(岩石が割れてずれた面).起震断層ということもある.
・震源域:地下で最初に断層破壊が起きた場所を震源,その真上の地表上の点を震央いう.地震計の波形データから「大森公式」によって最初に震源・震央を決定するデータが得られるため,古くからこれらの用語が多用されてきた.ところが、大きな地震の場合は起きた場所を点で示すことが不都合なので震源断層面を地表に投影した広がりで表現することがある.これを震源域という.
・地震断層:震源断層面が地表まで届いた場合,地表面と震源断層面のつくる交線(断層線)に沿って段差が出現する.これを地震断層または地表地震断層という.


§1 明治・大正期の測地資料
 明治・大正期の被害地震の断層運動を古い水準測量資料で見直す作業を行いました.資料は旧陸地測量部(現国土地理院)によるものです.1918年(大正7年)11月11日に発生した大町地震(M6.5)では,震央付近で約200mm隆起する変動が確認されました[大森(1921,1922),IMAMURA(1930) ,TSUBOI (1933),多田・橋本(1988)].これは,明治24年(1891年)に最初の測量が実施されていた当該路線について,地震直後に再測量を実施して確認されたものです.大森(1921)はその経過について次のように記しています.

 地震ト関連シテ地盤変動ヲ生ジタリト想像シ得ラルルヲ以テ第一着手トシテ地盤垂直変動ヲ研究スルヲ目的トシ,帝国学士院ヨリ研究補助費ノ補給ヲ受ケ,陸地測量部ニ委託シテ松本市ヨリ大町ヲ経テ糸魚川町ニ至ル迄デ約三十里ノ距離ニ亘リ,一等水準点五十六個の真高ヲ験測セリ

 当時,地震と断層運動の関係について今日ほどに理解されていなかったのですが,ともかく「地震と関連した地盤変動」を精査するために行なった測量であったことが読み取れます.陸地測量部(国土地理院)の水準測量は地図を作ることが第一義の目的とされているようですが,この頃は地殻変動を調べる重要な手段とされていたのです.



§2 大森の変動グラフと解釈について
 複数回実施された水準測量の変化の様子は,水準点が2km間隔に敷設されていることから,普通の場合は横軸に等間隔に水準点の位置をとり,縦軸に前回測量との差(変動量)をとって表します.図1は大森房吉(1921)が平面図で示した水準変動の様子です.水準点を敷設した道路が大町付近で大きく東方向に屈曲しているため,路線が直線であれば1次元であるデータを2次元のデータに読み替えて,地盤の3次元的変動を等変動量線図で表現しています.図2は路線を横軸にとって各水準点の変位を1次元的に表したものです.図1では3次元の変動が読めるのですが図2では震源の大町付近(BM2889〜BM2893,BM◯◯◯◯は水準点の番号,以下同じ)が隆起したことまでしか読み取れません.
 大森は後述する大町南西方の地震断層(大森の記載では床違線)での変動との関係について論じ,「内側」(日本海側)から「外側」(太平洋側)への圧縮の存在を推定しています.これは今日のプレートの衝突による圧縮に通じるものといえます.しかしながら,糸魚川側が沈降して松本側が隆起したと考えていたようで,この地震の正しい断層運動は把握できていませんでした.


タイトル

図1.大町地震による地盤の変動.1891年の測量に対する変位と等変動量線図.大森(1921)による.
Figure 1. Ground deformation due to the Omachi Earthquake. Displacement and constant variation curves for the 1891 survey. According to Omori (1921).

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図2.大町付近の変動グラフ.大森(1921)による.
Figure 2. Fluctuation graph near Omachi. According to Omori (1921).



§3 地塊の傾動を表現する
(1)最大傾斜方位
1) 3点法
 図3はB.M.2890〜2893間の4点の水準点から任意に選んだ3点がつくる面の最大傾斜方位を矢印で示したものです.矢印の始点は3点がつくる三角形の重心にとっています.図中の表に3点の組み合わせと,それらの面の最大傾斜の方位,傾斜量の計算値を示します[計算方法は後述のsinカーブ法も含めて河内・大木(1997)を参照してください].なお,傾斜方位は東を0°として反時計回りにとった角度です.
 4通りの三角形がつくる面の傾斜方位及び傾斜量のばらつきが小さいことは,この区間が同一の地塊上にあって,一枚の板のように傾動したことを示しています.傾斜方位はN72°〜80°W,傾斜角は5.1〜6.8×10^ -5 radです(^◯は指数,以下同じ).

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図3. 3点法による最大傾斜方位の決定.上の表で3点の組み合わせと,それらの面の最大傾斜の方位,傾斜量の計算値を示した.これに基づいて,任意の3点で作られる三角形(この図では4通り)の1891年の測量に対する変位で生じた傾斜方位と角度を矢線ベクトルで表示した.
Figure 3. Determining the maximum inclination direction using the three-point method. The table above shows the combinations of three points, the direction of the maximum inclination of those surfaces, and the calculated value of the amount of inclination. Based on this, the inclination direction and angle caused by the displacement of the triangle formed by any three points (four ways in this figure) with respect to the 1891 survey are displayed as arrow vectors.2


2)sinカーブ法
 任意の2点を結ぶ直線の方位角を横軸に,2点間の変動量差/距離(=傾斜角,単位rad)を縦軸にとってプロットすると,この区間の測点すべてが同一地塊上にあって傾斜した場合,正弦曲線を描く(これをsinカーブ法と呼ぶ).曲線の極値が面の傾斜量,その横軸座標が傾斜方位を示します.区間をB.M.2890〜2893に限定してこの解析を行うと,プロットは正弦曲線上にのり,ばらつきは極めて小さいことがわかります(図4).このことから,この区間を載せる地塊は前提条件をみたしていると言えるでしょう.これより,最大傾斜方位:165°(N75°W)と傾斜量:6.0×10 ^-5 radを得ます.この値は3点法による値の平均値と等価と見なせます.以後,最大傾斜方位および傾動量はこのsinカーブ法により求められた値を用いることにします.

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図4.4個の三角点から任意に選んだ2個の三角点を結ぶ線の方位角(縦軸)と傾斜角(縦軸) の関係を表した図.ドットは4つから2つとって並べる順列で12通り.4点を載せた地塊が一枚の平面のまま傾動した場合は12個全てが任意のSINカーブ上に載る.この図はBM2890-2893を載せた地塊がほぼ一枚の平面として傾動したことを示している.
Figure 4. Azimuth angle (vertical axis) and inclination angle (vertical axis) of a line connecting two arbitrarily selected triangular points from four triangular points A diagram showing the relationship between. There are 12 ways to arrange dots by taking two dots out of four. If a block of land with 4 points on it is tilted as a single plane, all 12 points will be placed on an arbitrary SIN curve. This figure shows that the ground mass carrying BM2890-2893 tilted almost as a single plane.

(2)傾斜方位と直角の方向に投影した変動図
 水準測量のデータによる地殻上下変動のグラフは,路線の走向や屈曲などから様々な見かけ上の形態を示し,そのためしばしば地殻変動の本質を見えにくくします.そこで,図5において,B.M.2885〜2896間の12個の水準点を,前述の傾動解析で得られた最大傾斜方位すなわちN75°W-S75°E (図のA-B)の方向に投影しました.路線の屈曲と投影する角度の関係からB.M.2894と2895はほぼ同じ点に,2891は2890より南東側に位置し,2889とほぼ同じ点に投影されます.(1)での解析結果より,この水準路線の一部区間が一枚の板のように傾動したことは確かですから,上下変動は傾動方位と直角の方向から見るのが適正です.水準点を投影された位置にとり,それを横軸にして表した上下変動のグラフを図6(上のグラフ)に示します.この図から,B.M.2890と2889を境にこの付近が二つの地塊に分かれて変動したことが分かります.つまり,この間で水準路線が南東側沈降約200mmの断層と交差していることが明らかです.なお,2890から2896までは,図に示した直線にほぼ回帰するので,この方法からも傾斜量を求めることができます.直線の傾きから,傾斜角6.0×10^-5 rad を得ます.図6の下の図は図5のように投影しないで横軸をそのままの順番で等間隔にしたグラフです.下の図が正しい変動像を示していないことは明らかです.
 また,水準路線がこの付近で大きく屈曲しているため,水準点の配置とその上下変動値の関係から,断層線の通る範囲が規制されます.断層線はB.M.2890と2889の間を通り,かつ2890より2891の方に近くなければならないから,概ね図5の点線で示した位置を通るものと推定されます.

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図5 最大傾斜方位と直交する方向への水準点の位置の投影
Figure 5 Projection of the position of the benchmark in the direction perpendicular to the maximum inclination direction


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図6 上図は横軸の水準点を図5で投影した位置にとった.路線がBM2891付近で大きく屈曲しているため,この点が2890,2889の2点を飛び越して東側に投影される.下図は横軸の水準の位置をこれまでの研究と同じく番号順・等間隔にとっている.このときの変動は上図によってよく表されている.下図(大森の図2と同義)では変動像を正しく捉えることができない.
Figure 6 In the upper figure, the reference point on the horizontal axis is set at the position projected in Figure 5. Since the line has a large bend near BM2891, this point is projected to the east, skipping over the two points 2890 and 2889. In the figure below, the levels on the horizontal axis are arranged in numerical order and at equal intervals, as in previous studies. The fluctuations at this time are well expressed in the figure above. The figure below (synonymous with Omori's Figure 2) cannot accurately capture the fluctuation image.

§4.議 論
(1)地表地震断層
 この地震は同じ日の午前3時頃と午後4時頃の2回ありました.大森(1921)によれば2回目の方が少し規模が大きかったようです.図7に坪井誠太郎(1922)が震災区域と地表地震断層を表した図をそのまま引用します.これによると,現在の震度階で6以上と思われる震災区域は大町の中心街から南西の清水地区まで,北北東-南南西の方向に約8km(2里)ほど細長くのびています.また,図の左下の大崎,寺海戸地区には,震災区域の延びの方向と平行のおよそN35°Eの走向で地震断層(寺海戸断層)が認められます.坪井(1922)によれば,この地震断層は2回目の地震の際に生じたもので,南東側沈降最大6cm(二寸)で約1km(10町)にわたって追跡されました.
 この地震断層の北東延長線上に大町市街地があり,前節で傾動隆起が確認されたB.M.2890からB.M.2893はまさにこの市街地内に敷設されていた水準点です.また,図5においてB.M.2890とB.M.2889の間に想定された断層の走向と落ちのセンスは,この地震断層と概ね一致しています.
 図7の坪井(1922)の図には地表地質図も示されています.地表地質の分布から,松本盆地東縁断層に関係する地形も読みとれますが,震災区域の延びの方向や地表地震断層の走向は松本盆地東縁断層と大きく斜交していることが分かります.落ちのセンスは反対です.多田・橋本(1988)は,落ちのセンスが違っているので坪井(1922)が震源断層そのものとしたのは問題があるとしていますが,そうではありません.むしろ坪井(1922)は周辺の地形や地質に惑わされず,調査事実に基づいて正しく結論したというべきでしょう.

タイトル 図7 坪井誠太郎(1922)による.被害状況から推定した震源域,大町西方の清水地区寺海戸〜大崎付近で発見された地震断層が示されている.
Figure 7. According to Seitaro Tsuboi (1922). The epicenter area estimated from the damage situation and the earthquake fault discovered near Terakaido and Osaki in the Shimizu district west of Omachi are shown.

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図7-2 坪井誠太郎(1922)の地震断層(寺海戸断層)についての記載.
Figure 7-2 Seitaro Tsuboi's (1922) description of the earthquake fault (Terakaito fault).

(2)断層運動の推定
 松田(1975)による地震の規模(M)と活断層の長さ(L)の経験式
  log L =0.6 M - 2.9
において,Mを宇佐美(1996)にしたがい6.5とすれば,断層の長さLは10 km程度となります.前節で傾動解析をした区間は,傾斜方位と直交する方向の距離で表すとおよそ6kmほどなので,概ね妥当な範囲と考えられます.前節の傾動解析によれば, B.M.2890〜2893を載せた長さにして約6kmの区間が,同一地塊上にあって,N75°W方向に6.0×10 ^-5 radの角度で傾斜しながら隆起しました.
 坪井(1922)による地表地震断層の断層線は図5の推定断層線より西に約2kmずれていますが,落ちのセンス(断層線を境にした上下の変位方向)が等しく概ね平行しているので,同一の断層ではないものの同系統の雁行配列した断層と考えられます.
 上下変動だけから,一義的に断層面の走向・傾斜やすべり角を求めることはできません.しかし,これまで述べたことと,この地域が北西ないし西北西方向を主応力軸とする水平圧縮場であることを総合すれば, 図5,6 で示された上下変動をもたらした断層は,概ね北北東を走向とするdip-slip型の西傾斜逆断層とするのが合理的です.したがって,大町地震による傾動隆起は,西北西方向に傾斜する逆断層によって,大町市街地を載せた地塊が東南東方向の筑摩山地側の地塊にのしあげたことによるものと結論されます(図8).
 ABE (1975)によれば,1964年新潟地震(M7.5)の震源断層面は走向N9°E・傾斜56°W,また佃(1992)によると1990年新潟県南部の地震(M5.4)の場合は走向N30°E・傾斜65°Wであり,いずれもすべり角は90°でした.これらがこの地域(信濃川地震帯)の一般的傾向とすれば,本論における断層運動の推定は妥当なものといえます.

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図8. 左図は河内(2000)が図6の上の図をもとにESE-WNW方向の断面の断層運動を説明した図.断層の最大傾斜方向の断面と投影された水準点の位置を表現している.路線がBM2891付近で大きく屈曲しているため,この点が2890,2889の2点を飛び越して東側に投影される.右図は鷺谷(2003)が計算した「河内モデル」.二つの図は同じ運動を表現している.
Figure 8. The left figure is a diagram by Kawachi (2000) explaining the fault movement in the ESE-WNW direction based on the upper diagram of Figure 6. It represents the cross section of the fault in the maximum dip direction and the projected position of the benchmark. Since the line has a large bend near BM2891, this point is projected to the east, skipping over the two points 2890 and 2889. The figure on the right is the "Kawachi model" calculated by Sagitani (2003). The two figures represent the same motion.

(3)この他のモデル
 図9は鷺谷(2003)の断層モデルです.断層モデルの計算からN15°W東傾斜の断層を求め,これが地殻浅部構造と適合するとしています.同じデータを用いているのに走向・傾斜や断層線の位置が大きく異なっています.断層に関するモデル計算は与えるパラメータによって多様な解答が得られます.鷺谷モデルは「日本海東縁変動帯=ユーラシアプレートが北米プレートへ潜り込む境界である」という考え方に基づいた上で,物理探査から推定された松本盆地西縁の第三紀地質構造中の断層を参考にした結果でしょう.
 また,多田・橋本(1988)も大町北方に東に傾き下がる逆断層を考えています(図10)が,これも,松本盆地東縁の活断層群を参考に糸魚川-静岡構造線を境に西南日本が東北日本の下にもぐり込んでいる可能性を追究したもののようです.
 

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図9 鷺谷(2003)による断層モデル       図10 多田・橋本(1988)による断層モデル
Figure 9 Fault model by Sagitani (2003)         Figure 10 Fault model by Tada and Hashimoto (1988)

 逆断層近傍では上盤が下盤にのし上がる運動をするわけですから,上盤も下盤も断層面の傾きと同じ方向に傾斜するのが普通です.断層線から離れた地域の撓曲変形や反対側に傾き下がる共役のもう一つの逆断層を考えた場合は,少し大げさな言い方ですが,あらゆる方向の傾斜が可能になります.一義的には「普通」の,最も単純なモデルから出発するのが妥当と考えます.
 僭越な表現で恐縮ですが,鷺谷(2003)は糸魚川-静岡構造線を,多田・橋本(1988)は水内帯から続く北部フォッサマグナの地質構造を強く意識してパラメータの選択をしているように思えます.現今のパラダイムと適合するモデルを選んでいるようにも思えます.事実は
 1)地表地震断層が北北東-南南西走向,南側落ちである
 2)震度6(旧気象庁震度階)域が大町を中心とした北北東-南南西方向に伸びる
 3)震源に最も近いBM2890〜2893を載せた地塊がほぼ平面状に西北西方向に傾動した
 4)大町南方のBM2889とBM2890の間を北西側が南東側にのし上がる「測地学的」逆断層が存在する
 5)鷺谷(2003)のモデルの断層線付近に際立った地変が認められない.被害の中心部からも遠い.
です.


§5 信濃川流域地震帯はプレートの衝突境界
 GPS測量による大山-松本(北西-南東),高山-松本(西南西-東北東)の2005-2011年の基線変化はそれぞれ-11mm/年,-3.0mm/年で,前者の方向が明らかに大きな値を示しています(図11,12,13).応力場の圧縮軸は最大変動量を与える方向であり,dip-slip型とすれば断層線は大山ー松本(北西-南東)と直交する北東-南西走向(河内モデルに近い)を支持します.物理探査から描写される地殻浅部構造は,古い断層面か,あるいは断層面ではなく新第三系の層理面や堆積構造を反影している可能性があります.

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図11. 細入ー豊科間のGPS測量による基線変化

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図12. 高山ー松本間のGPS測量による基線変化.2011年の大きな短縮は3月11日の太平洋沖地震とその余効変動によるもの. Figure 12. Baseline changes based on GPS survey between Takayama and Matsumoto. The large shortening in 2011 was due to the March 11 Pacific Ocean Earthquake and its aftereffect fluctuations.

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図13. 各観測点・基線の位置
Figure 13. Location of each observation point/baseline

 糸魚川-静岡線は活動度が低い古い地質構造境界線と考えられます.地質構造がネオテクトニクスと近いのは,北部フォッサマグナ地域=犀川流域=水内帯と考えられます.犀川ー千曲川ー信濃川とつながる「信濃川地震帯」こそが新しいテクトニックな構造線なのではないでしょうか.新潟-神戸ひずみ集中帯とも整合的なこのテクトニクスがこの地方の地殻変動や地震活動の特徴の多くを合理的に説明できるのです.

 図14,図15に,大森房吉と今村明恒の「信濃川流域地震帯」を示します.「大正七年信州大町地方激震調査報告」には今村の論文は見えません.今村の「信濃川流域地震帯」についての言及は大正13年つまり大森没後に発行された『地震講話』という単行本に見えます.テクトニクスに関する考え方は今村の図の方が本論とより適合します.しかし,今村の図中の20番の地震は現在ここにおく根拠は薄いと考えられており,25番の地震は30番の地震に近いところに移動すべきだとされていますので,「内側地震帯」と呼んでいる方向の線よりも信濃川流域の線の方が強調されるべきです.さらに,19番から山梨県側に線を曲げていますが,当時もその後今日にいたる迄も,その位置には顕著な地震活動はなくむしろ関西方向にかけていくつか発生しています(TOP PAGE参照).したがって,この線は濃尾平野を胴切りする線やそれと並走する琵琶湖ー神戸の線につながると考えるのが妥当です.

 1918年信州大町地震の訂正された震源断層像や,大森・今村以後の地震活動を総合すれば,粟島―信濃川―千曲川―犀川を結ぶ線およびその周辺100km程度の幅の地域がテクトニックな構造帯であり,これがユーラシア(アムール)プレートと北米(オホーツク)プレートの衝突境界そのものである可能性が高いと考えられます.

タイトルタイトル

図14. 大森の地震帯 大森(1921)による.     図15. 今村の地震帯 『地震講話(1924,岩波書店)』による.
Figure 14. Omori earthquake zone. According to Omori (1921).  Figure 15. Imamura earthquake zone. According to                              “Earthquake Lectures (1924, Iwanami Shoten)”.


文  献

ABE, K. ,1975,Re-Examination of the Fault Model for the Niigata Earthquake of  1964, J.Phys.Earth, 23, 349-366.
今村明恒,1924,地震講話,岩波書店.
河内一男・大木靖衛,1997,1964年新潟地震による地塊の傾動と信濃川地震帯のテクトニクス,地震2,50,303-314.
河内一男,2000,1918年信州大町地震の断層運動―信濃川地震帯のテクトニクス(2),地震2,53,65-72.
松田時彦,1975,活断層から発生する地震の規模と周期について,地震2,28,269-283.
三雲 健・石川有三,1987,日本海沿岸の地震と広域テクトニクス及び長期的地震予知, 地震予知研究シンポジウム,259-269.
宮部直巳,1936,地殻変動の最近の研究,岩波書店.
大森房吉,1921,大正7年信州大町地方激震調査報告,震災予防調査会報告第94号,震災予防調査会,16-69.
大森房吉,1922,大正7年信州大町地方激震調査報告(第2回),震災予防調査会報告第98号,震災予防調査会,23-31.
鷺谷 威,2003,1918年大町地震の震源断層モデル―水準測量データの再検討と関連データの総合的解釈に基づく新たなモデル―,地震2,56,199-212.
多田 堯・橋本 学,1988,1918年(大正7年)大町地震の断層モデルとその地学的意義,地震2,41,259-262.
坪井誠太郎,1922,信州大町地震調査概報,震災予防調査会報告第98号,震災予防調査会,13-21.
佃 為成,1990,北部フォッサマグナ地域の地震活動特性,地学雑誌,99-1,32-42.
佃 為成, 1992, 1990年新潟県南部の地震(M5.4) の構造化された前兆的空白域と余震域,地震研彙報,67,361-388.
宇佐美龍夫,1996,新編日本被害地震総覧,東大出版会.
防災科学技術研究所,2014,公式ホームページ(この項2014.11.23追加)
 


new!!
【追加】
 2014年11月22日22時08分にこの地震の震央に近接する地点(北方約30km)でM6.7の地震が発生しました.防災科学技術研究所の速報(図0)によると,F-netの「メカニズム解」はおおよそ北北東-南南西と東北東-西南西の走向の二つの共役断層を示しています.余震は北北東―南南西方向に帯状に分布していて,この分布は震源断層面を反映していると考えられますから,北北東-南南西の走向で東南東傾斜の方が震源断層と考えられます。したがって,現在わかっている情報からの判断ですが,本ページで説明している1918年大町地震の断層モデル(西北西―東南東圧縮の逆断層で断層面の走向が北北東―南南西)と走向は一致していますが,傾斜の方位は反対です.これは共役断層のどちらが優越するかの問題なので,1918年大町地震の震源断層が糸-静線と斜交した方向(信濃川地震帯、あるいは新潟−神戸ひずみ集中帯の方)であるという当ページの主張と矛盾しません. 〔この段落は2014.11.23に追加しました〕
 2016年6月25日13時52分頃,7月1日8時4分頃にそれぞれM4.6,M4.5の地震が発生しました(Top Page 表1,図9参照.この段落は2016.7.1に追加しました).
タイトル

図0. 2014.11.22の地震の地震の本震,余震の分布,メカニズム解(暫定値.防災科学技術研究所による)
Figure 0. Main shock, distribution of aftershocks, and mechanism solution for the 2014.11.22 earthquake (provisional values, according to the National Research Institute for Earth Science and Disaster Prevention)

【追加2】
 本ページのテーマの一つは信濃川地震帯(§5参照)です.これについての大森房吉の学説に関係する手紙が新潟県に残っています.興味深い内容ですので,以下にその手紙を紹介します.
大森の手紙
 明治から大正期に東京大学地震学教室を主宰した大森房吉は,山形県沖から新潟県を縦断して長野県に至る線上に地震活動が集中することを見いだし,これを信濃川流域地震地帯と呼びました。地元に保存されていた越後三条地震(1828年)の資料を大森が閲覧したときの所見(手紙)が残っています。

 文政十一年ニ越後三条地震アリ,次ギテ北方ニ移リテ天保四年ノ庄内佐渡ノ地震トナリ,終ニ南方ニ及ビテ弘化四年ノ善光寺大地震トナレリ,何レモ極メテ激烈ナル破壊的地震ナルガ相関連セル現象ニシテ明ニ信濃川流域地震地帯ノ存在ヲ示スモノトス,抑々大地震ハ地震地帯ニ沿ヒ発生スルモ,同一地点ヨリ繰リ返シテ起コルコト無ケレバ,前時ノ大地震ヲ調査スルハ同一地震地帯ニ属スル大震将来ノ発生予測ニ関シ実ニ欠ク可カラザル所ナリトス,然ルニ三条地震ノ記録類ハ甚タ稀少ニシテ調査材料ヲ得難キヲ憾トセシガ,今回幸ニ入沢医学博士ノ好意ニヨリ,久保宗吉君ヲ介シテ本間正雄君ガ所蔵セラル,同君祖先小泉其明翁自筆ノ懲震秘鑑(注4)ヲ借覧スルヲ得タリ,此画帖ハ文政震災ノ実地ヲ明細ニ描写セルモノニシテ三条地震ノ調査上極メテ有益ナル研究資料ナルヲ認メタルヲ以テ全部ヲ写真ニ複写シ,永ク東京帝国大学地震学教室ニ保存スルコトトナシタリ,爰ニ本間氏并ニ入沢博士久保氏ニ対シ深厚ナル謝意ヲ表ス
   大正九年七月十四日 布哇ヘ出発スル前一日
                   東京帝国大学地震学教室ニテ
                          理学博士 大森房吉

(注4)「懲震秘鑑」の秘は正しくは比の下に必と書く.機種依存文字のため、秘をあてた。小泉其明が残した三条地震に関する資料はこの他に「懲震秘録」,「村々変事書上帳」などがある.
タイトル

図5-1  小泉其明・蒼軒の子孫本間正雄氏へ宛てた大森房吉の手紙(写).手紙の原本は新潟市秋葉区の子孫宅に「懲震秘鑑」の原本と共に大切に保管されている.
Figure 5-1 A letter (copy) written by Fusakichi Omori to Mr. Masao Honma, a descendant of Koizumi Kimei and Soken. The original letter is carefully stored in the home of his descendants in Akiba Ward, Niigata City, along with the original copy of the ``Choshin Hikan.''


ところで,戦後,坪井忠二(同じ東京大学地震学教室)は「地震の巣」という考え方を提唱し,著書で「地震帯などという用語は早く忘れた方が良い」と主張しました。しかし,羽越・信越・北陸地方では,大森や今村没後,その活動がますます「地震帯」の様相を呈してきています(たとえば, 日本海東縁のプレート境界の図5).

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 [著者]
 河内一男 
新潟薬科大学非常勤講師(地学担当)
KAWAUCHI Kazuo
Niigata University of Pharmacy and Medical and Applied Life Sciences ,Part-time Lecturer (Earth Science)

記事一覧
・トップページ 日本海東縁のプレート境界
Top page. Plate boundary on the eastern edge of the Japan Sea[19.6.19]

・新潟県の最近の地震活動
Recent seismic activity in Niigata Prefecture[19.6.19]

・海底地滑りや火山が起こす津波
Tsunamis caused by submarine landslides and volcanoes[19.1.1掲載]

・活断層とは ―重要なところは隠れている―
What is an active fault? -Important parts are hidden-[16.8.11]

・日本海東縁のプレート境界
Plate boundary on the eastern edge of the Japan Sea [16.6.19]

・新潟地震・昭和大橋の落橋
Niigata Earthquake/Showa Bridge collapse

・越後の大津波伝説
Echigo's great tsunami legend[15.9.11]

・越後・佐渡の津波被害,越後の大津波伝説
Tsunami damage in Echigo and Sado, legend of the great tsunami in Echigo

・失われた陸地 ―康平図にある島々の意味―
Lost Land: The Meaning of the Islands in the Kohei Map[12.8.1]

・信濃川地震帯と地形・地質
Shinano River earthquake zone and topography/geology

・地震鳴動(地鳴り)予知された地震
Earthquake rumbling. Predicted earthquake[15.10.13]

・信州大町地震の断層運動
Fault movement of the Shinshu Omachi earthquake[14.11.23]

・三条地震の一つ前の地震 ―「四万石地震」(西蒲原地震)―
The earthquake before the Sanjo Earthquake - "Shimangoku Earthquake" (Nishikanbara Earthquake) -[12.9.1]

・信濃川地震帯の長期予知 ―最悪のシナリオを…―
Long-term prediction of the Shinano River earthquake zone - worst case scenario...[12.8.26]

・小泉其明・蒼軒と三条地震
Kimei Koizumi, Soken and Sanjo Earthquake

・中越・中越沖地震の震源断層
Source fault of the Chuetsu/Chuetsu-Oki Earthquake

・中越沖地震の断層線
Fault line of Chuetsu-oki Earthquake[16.6.30]

・津南町外丸の大崩れ
Massive collapse of Tsunan Town Tomaru [16.5.10]

・液状化について
About liquefaction

・沖積平野下の埋没樹は越後大津波の遺物か
Is the buried tree under the alluvial plain a relic of the Echigo tsunami?[23.9.16]


********* 以下は番外編 *********

・海風と陸風
Sea wind and land wind[19.1.3掲載]

・海陸風と災害
Land and sea winds and disasters[19.1.3掲載]

・海陸風と原発災害の放射線汚染帯
Land and sea winds and radioactive contamination zone from the nuclear power plant disaster[19.1.3掲載]

・どんなときに里雪になるのか
When does it become Satoyuki?[18.1.25掲載]

・これまでの主な論文・最近の学会発表要旨
Main papers and summaries of recent conference presentations

・著者プロフィール、地震地学以外の話題(トップページ)
Author profile, topics other than earthquake geology (top page)