中越地震,中越沖地震の震源断層を地殻変動から考える
ここでは,各種の測量によって知ることのできる地殻変動を実際の地震の例で示します.また,地殻変動のようすから,地震を引き起こした断層(震源断層)の形状を推定します. |
1 GPSによって地殻変動を調べる
人工衛星から発信される電波を受信して自分のいる位置を決定するGPSはカーナビ等で一般にもおなじみですが,これを利用して地殻変動を調べる方法があります.カーナビが移動する自動車の位置を決定するのに対し,固定点(電子基準点)の位置の時間的な変化を調べるものです.国土地理院は,およそ20kmの間隔で電子基準点を設置して稠密測量を行っており,その成果をインターネットで公開しています.ほぼリアルタイムの画期的な観測システムです.
1)通常時の変動
任意の2点間の距離の伸び縮みは,国土地理院が作成した基線変化グラフで読み取ることができます.図1.1は新潟県佐渡市(旧両津)と新発田市の間(約84km)の基線変化(2点間の伸び縮みの変化)です.
この図から,佐渡両津―新発田の間では年あたり約1.2cmの速度で縮んでいることがわかります.
図1.1 佐渡両津―新発田の基線変化
Figure 1.1 Baseline change between Sado Ryotsu and Shibata
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2)地震時に見られた変動
図1.2は新潟県柏崎市と福島県只見町の基線変化グラフです.
これから,柏崎-只見間の年あたりの短縮速度を求めます.
縦軸の目盛りで,1998年:7.2cm ,2004年:2.2cm と読めますから
(7.2−2.2)cm÷ 6 年= 0.83… つまり 約0.8cm/年となります.
それでは2004年中越地震および2007年中越沖地震ではそれぞれどのくらい短縮,あるいは伸長したのでしょうか.
図から,2004年中越地震: 9cm 短縮
2007年中越沖地震:20cm 伸長
と求めることができます.
図1.2 柏崎―只見の基線変化グラフ
Figure 1.2 Kashiwazaki-Tadami baseline change graph
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3) 基線変化と震源断層の位置
断層運動で地下の花崗岩層などが破壊されても,越後平野のように厚い軟弱層に覆われている地域では地表には地震断層が出現しないことが普通です(図1.3).実際に,1670年西蒲原地震(M6.8),1828年三条地震(M6.9)のいずれにおいても地震断層(注1)が出現したことをうかがわせる記録はありません.今回の二つの地震でも地震断層は確認されていません.
ところで,前節で見たように,2004年中越地震(M6.8)と2007年中越沖地震(M6.8)では,電子基準点の基線変化に明瞭な「縮み」・「伸び」が表れています.一方,別の研究から,二つの地震ともに地震を引き起こした震源断層は,この基線の方向とほぼ直角の方向を走向とする逆断層と考えられています.これらを考え合わせて,地表面に地震断層が現れていなくとも,震源断層(注2)の位置を間接的に知ることができます.模式化した断層概念図と柏崎―只見間の距離の伸び縮みで考えてみます.
図1.2によれば,2004年では二点間の距離が縮み,2007年では伸びています.したがって,震源断層が図1.4のように西傾斜の逆断層であれば,断層線(注3)は2004年中越地震では柏崎と只見の間,2007年中越沖地震では柏崎より西方を通ることがわかります.
図1.3 厚い軟弱層に覆われた越後平野では地震断層が地表に表れにくい.
Figure 1.3 Earthquake faults are difficult to show on the ground surface in the Echigo Plain, which is covered by a thick soft layer.
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図1.4 中越地震(左)と中越沖地震(右)の震源断層の概念図
Figure 1.4 Conceptual diagram of the source faults of the Chuetsu Earthquake (left) and Chuetsu-oki Earthquake (right)
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国土地理院ホームページで,新潟県周辺の基線変化グラフを調べ,2004年中越地震と2007年中越沖地震の震源断層の断層線を推定してみましょう.なお,国土地理院の地殻変動のページは http://mekira.gsi.go.jp/ そこからさらに,「最近の地殻変動情報」または「長期の地殻変動情報」のページに入ります.
震源断層はいずれも逆断層であると仮定して作業をします.国土地理院HPの地殻変動のページで任意の2点間の基線変化図を作成して,2点間に「縮み」の変化があればその2点間の間をその地震の断層線が通ると判断します.反対に2点間が「伸び」であればその2点間の外側を断層が通ると推定します.
A 2004年中越地震
三島−栃尾,栃尾−只見の両方の基線変化が「縮み」を示します.これは複数の震源断層が栃尾の東西に伏在することが想定されます.したがって図1.5で推定断層線Aを栃尾の上に引いてあります.
B 2007年中越沖地震
たとえば小木−三島,小木−柏崎1,出雲崎−三島で「縮み」を示し,小木−出雲崎,三島−栃尾,柏崎−小千谷では「伸び」を示します.これらを満足する断層線(B)を図1.5に示しました.
図1.5 GPSの観測基準点の位置とGPS測量基線変化図から推定した2004年中越地震(A)と2007年中越沖地震(B)の各断層線.
Figure 1.5 Fault lines of the 2004 Chuetsu Earthquake (A) and the 2007 Chuetsu-oki Earthquake (B) estimated from the positions of GPS observation reference points and GPS survey baseline change maps.
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(注1) 地震断層:地震を引き起こした震源断層が地表まで伸びて段差が生じた場合をとくに地震断層といいます.
(注2) 震源断層:地震の原因となった地下の破壊面をいいます.
(注3) 断層線:この場合は推定震源断層面の延長と地表面の交線です.
2 中越沖地震の地殻変動を調べる
1)干渉合成開口レーダー(SAR)によって水平変動を調べる
SAR(Synthetic Aperture Radar)とは,人工衛星等に積載した複数のアンテナ(開口面)を合成して解像度を高めた仮想的なレーダーをいいます.この節では,人工衛星から同じ地点を2時期に観測し,衛星にその地点が近づいたか遠ざかったかを干渉画像で調べる手法で,地震等による急激な地殻変動の観測に有効です.また,前節のGPSが,20km程度の間隔の観測点で調べるのに対して,この手法では電波を受信できる地表全体を観測することができます.
図2.1に,2007年1月16日と中越沖地震後の7月19日の観測に基づいた画像(国土地理院)を示しました.凡例の青,赤,黄色(注1)の縞1セット分が(このデータを提供した人工衛星ふよう1号の)レーダーの半波長11.8cm分の短縮または伸長に相当します.新潟市付近の青色で示された地域は変動がゼロと考えられるバックグランドで,この色の領域が図のDで示した濃い青色の実線に沿って南西方向に伸びています.観音岬付近(図2.1のA)ではこのバックグランドから西方へ黄,赤,青の色縞が2セット分並列していますので,この間で20cm以上衛星に向かって短縮したことがわかります.一方,長岡市〜小千谷市(図2.1のB)や柏崎平野(同C)では西方のバックグランドへ向かって赤,黄,青と変化しています.この部分はAの観音岬ほどはっきりしていませんが,1セット10cm程度で,こちらは遠ざかったことになります.
図2.1 SARから得られた中越沖地震前後の観測による干渉画像(左:国土地理院による).右の四角枠内は筆者による変動の概念図.
Figure 2.1 Interferometric images obtained from SAR observations before and after the Chuetsu-oki Earthquake (left: by Geospatial Information Authority of Japan). The square frame on the right is the author's conceptual diagram of fluctuations.
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2)GPS観測による変動
図2.2のGPSによる水平変動のベクトル図を見ると,図2.1のバックグランドDの線より西方にある出雲崎,寺泊の観測点が東北東ないし北東へ向き,Dの線より東方の観測点である新潟三島,小千谷,高柳,柏崎の観測点が北西方を向いていますので,SARはGPSによる測量結果とも矛盾しません.一方,図2.3のGPS上下変動,図2.4の水準測量によると,D線を境に東側はいずれも沈降,西側の海岸線沿いの水準点はいずれも隆起したことが読み取れます.また,別のデータによれば柏崎−只見のGPS基線変化は20cmの伸長を示しています.
図2.2 中越沖地震に伴うGPS地殻変動ベクトル図(国土地理院による)
Figure 2.2 GPS crustal deformation vector diagram associated with the Chuetsu-oki Earthquake (according to the Geospatial Information Authority of Japan)
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図2.3 中越沖地震に伴うGPS上下変動(国土地理院による)
Figure 2.3 GPS vertical fluctuations associated with the Chuetsu-Oki Earthquake (according to the Geospatial Information Authority of Japan)
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図2.4 水準測量による新潟県中越沖地震の上下変動. 〔西村卓也・国土地理院(2007)による〕
Figure 2.4 Vertical fluctuations of the Niigata Prefecture Chuetsu-Oki Earthquake based on leveling. [According to Takuya Nishimura, Geospatial Information Authority of Japan (2007)]
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以上を総合すると,D線より東側の地塊は沈降しながら西方へ移動し,D線より西側の地塊は東方へのし上りながら隆起したことがわかります.これが中越沖地震の地殻変動像です.
3)中越沖地震の発震機構と震源断層の決定
この地震の震源断層は図2.5の気象庁の発震機構解から,概ね北東走向で西傾斜と東傾斜の二通りの逆断層が考えられます.余震分布(図2.6)がどちらかの面に集中する場合もありますが,この地震ではその傾向は見出せません.したがって,震源断層は地殻変動の特徴から検討することにします.
図2.5 中越沖地震の発震機構解(気象庁による)
Figure 2.5 Focal mechanism analysis of the Chuetsu-oki Earthquake (according to the Japan Meteorological Agency)
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図2.6 中越沖地震の本震と余震分布(気象庁による)
Figure 2.6 Main shock and aftershock distribution of the Chuetsu-oki Earthquake (according to the Japan Meteorological Agency)
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図2.7 中越沖地震の「震源断層モデル」のいろいろ.(本論の結論はA)
Figure 2.7 Various "seismic source fault models" for the Chuetsu-Oki Earthquake. (The conclusion of this paper is A)
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1)と2)で検討してきた水平方向と上下方向の変動の特徴をまとめると以下のようになります.
・図2.1のDの線の西側の地塊が隆起,かつ東方へ移動した.
・Dの線の東方の地塊が沈降,かつ西方へ移動した.
これらはSAR,GPS,水準点いずれの測量でも一致しています.以上から,中越沖地震の震源断層は,図2.7の断層概念図のうちAが最も合理的です.
図2.8 2007年中越沖地震前後の小木−柏崎1,柏崎1−小千谷の基線変化(左,中:国土地理院から一部切り取り)と断層運動概念図(右).
Figure 2.8 Baseline changes for Ogi-Kashiwazaki 1 and Kashiwazaki 1-Ojiya before and after the 2007 Chuetsu-oki Earthquake (left, middle: partially cut from the Geospatial Information Authority of Japan) and conceptual diagram of fault movement (right).
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AのモデルをGPSの基線変化グラフでさらに吟味します.図2.8は2007年中越沖地震の基線変化図と西傾斜とした場合の断層運動の概念図です(各基準点=観測点の位置は図1.5参照).左の図の小木−柏崎1では約15cm短縮した後も余効変動でわずかながら短縮の傾向が続いています.柏崎1−小千谷では11cmの伸張の後,やはり余効変動で伸びが認められます.このような変動は,図2.8の右側に示した概念図のように,断層線が柏崎1の西方を通る西傾斜の断層運動によって引き起こされたと考えるのが最も単純で合理的です.
以上を総合して次のように結論づけることができます.
・図2.5の発震機構解のうち,走向222°,西傾斜53°(走向N42°E・傾斜53°W ),すべり角93°の面が震源断層.
・断層の形態は図2.7のA.
・断層線は図1.5のB,図2.1のD.
(参考) もう一つの走向37°,東傾斜37°,すべり角86°の東傾斜の面を震源断層として選択する考え方もないわけではありません.ただし,それでは観音岬や出雲崎の水平,上下変動のどちらも説明が困難です.あえて説明を試みると,この場合は観音岬や出雲崎方面を含まない南部地域のみが北部と独立して変動し,なおかつ図2.7のCのように,上盤(この場合東側地塊)の撓曲を考えて柏崎平野の沈降を説明することになります.また,この考え方に立てば図2.1のDの線は柏崎平野まで伸びないことになります.
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