最新情報
・図9 新潟県内の最近の地震活動 分布図(1990〜2024年 M>=4.5)のスタイルを変更しました.また,佐渡付近の能登半島沖地震の余震を追加しました.
・失われた陸地 ―康平図にある島々の意味―のページに「海底地滑り」に関する図と説明文(図3−2)を追加しました.
・信濃川地震帯,信州大町地震(右のサイドバナーから入れます)のページの末尾に,「信濃川流域地震地帯」に言及した大森房吉書簡手書き原文を掲載しました.
・2024年1月1日能登半島地震を図3に追加しました.表2,図9,10に佐渡島付近で発生した1月9日と2月7日の余震を追加しました.
・2023年10月9日の小笠原近海の津波について「海底地滑りや火山が引き起こす津波」の既設ページに若干のコメントを追加しました。
・2023年9月2日,歴史地震研究会(於小田原市)にて発表した講演をもとに新ページ
「沖積平野下の埋没樹は越後大津波の遺物か」を掲載しました。
・2022年9月4日 「新潟地震・昭和大橋の落橋」を更新しました。目撃者の手記を掲載しました。
1.日本付近のプレート
まずこの付近のプレート境界について学校ではどのように教えているのか見てみましょう.
太平洋側には東北・関東地方の海岸から200kmほど沖合の日本海溝から,伊豆・小笠原海溝へと続く境界線があります.これを境に東側の太平洋プレートが日本列島に衝突するように西進していると考えられています.これだけだと二つのプレートだけで説明できるので単純です.しかし,日本列島には太平洋プレートの他に,北から北米プレート,西からユーラシアプレート,南からフィリピン海プレートの合わせて4つのプレートが衝突しあっていると考えられています.境界線は日本海溝−伊豆・小笠原海溝の他に,北海道・東北地方日本海東縁から南下して佐渡沖,糸魚川-静岡地質構造線を通って南下し,静岡市付近で二つに分かれます.西方は駿河湾(駿河トラフ)から南海トラフ沿いに南西諸島の東方の琉球海溝へ伸びます.東方は伊豆半島付け根を巻き込むように御殿場ー小田原平野ー相模湾(相模トラフ)から房総半島沖の三重会合点に達します.これで,アルファベットのHの文字型になって,4つのプレートに分かれることになります.日本海東縁の境界線は北極経由で大西洋中央海嶺に,一方,日本海溝は千島海溝,アリューシャン海溝,北米西岸に連続します.関東・東北地方・北海道の東日本は北アメリカプレートの上にあるということがお分かりいただけるでしょう.
図1.日本付近のプレート境界 Figure 1. Plate boundary near Japan
これが現在,文部科学省検定の教科書に書かれているプレートの姿です.なお,(プレート運動そのものを否定する考え方…失礼ながらご高齢の地質関係者に多い…はさておくとして)同じプレートテクトニクス理論でも,北米プレートの北海道の北から南へ盲腸のように張り出している東日本の部分をオホーツクプレート,またユーラシアプレートの中国大陸・日本海部分をアムールプレートというそれぞれ別の独立した小さなプレートとして扱うべきだという考え方もあります.
2.日本海東縁の境界
北陸,信越,羽越地方の北米プレートとユーラシアプレートの境界はどのような根拠をもとに決められたのでしょうか.
実は,プレートテクトニクスが1960年代に提唱された当初は,日本列島全体がユーラシアプレートに載っていて,太平洋プレートやフィリピン海プレートと衝突していると考えられていたのです.つまり,北米プレートは「オホーツクプレート」に相当する部分を欠いて北海道付近までとされていました.
それが,1964年新潟地震,1983年日本海中部地震,1993年北海道南西沖地震,1995年サハリン・ネフチェゴルスク地震と,サハリンから東北日本内帯(東北地方の日本海側のこと)の沖合である日本海東縁の海域で被害地震が発生するに及んで解釈が変わっていきます.最初は1983年の地震の震源断層が東傾斜の逆断層であったことから,この地震発生地帯に新しい境界を引けば,日本海を載せたユーラシアプレートがここで潜り込んでいると説明できる,とされました.この南方延長は,図1のように佐渡島沖を経て富山トラフ(富山湾)さらに糸魚川ー静岡地質構造線(糸ー靜線)に沿って南下させ,静岡市付近でフィリピン海プレートとの三重会合点に達します.
しかし,その後の1993年の地震の震源断層が1983年とは反対の西傾斜逆断層であったこと,1964年新潟地震の震源断層も西傾斜逆断層であったとする意見が増えたことから,現在ではこのプレート境界は「沈み込み境界」ではなく,ヒマラヤ山脈のような「衝突境界」とする考え方が主流です(注1).
いずれも東北日本がユーラシアプレートでも太平洋プレートでもない,つまり北から下りてきている北米プレートにあるという考え方です.潜り込み境界説では日本海東縁に海溝がないのは,誕生間もない新生境界だからと説明されていました.しかし,衝突境界説ではユーラシアプレートの日本海東縁部分(北海道日本海沿岸部から羽越日本海沿岸部)が重い海洋プレートではなく軽い大陸プレートであるためとしています(注2).
(注1)羽越地方の褶曲帯や信越地方の北部フォッサマグナの活褶曲帯がこれに相当すると考えています.
(注2) 日本海中央部は重い玄武岩質の海洋地殻ですが,日本海東縁部は軽い花崗岩質の大陸地殻です.軽い大陸地殻は沈み込めないので海溝は形成されず,逆断層帯や褶曲帯が形成され,総体的には隆起運動となります。粟島,飛島,久六島,奥尻島などはこの運動の産物だと私は考えています.帯状にならずに,点々とした島になるのは、そのところに波浪侵食を受けにくい固い岩石があったからでしょう.
3.佐渡沖−糸静線がプレート境界!? ……本当はそこではないのではないか 佐渡沖−糸静線のプレート境界は定説で,私自身も教室で教えていることです.しかし,どう考えてもこのプレート境界の位置に関してはおかしなことが随分とあるのです.以下に列挙します.
(1)地震活動は佐渡沖,富山トラフにおいてとくに活発なわけではない.糸魚川-静岡構造線においても活発なわけではない.むしろ庄内沖から新潟県の形に沿って南下し長野,松本いたる方向に集中している.歴史時代の被害地震も同様である.(図2,3)
(2)衝突を連想させる新生代新第三紀の褶曲帯は越後平野,広義の信濃川流域(長岡,柏崎,上越,十日町),千曲川流域の褶曲帯(飯山,長野),犀川流域の水内帯(長野市から松本市にかけての地質帯)とつながっている.佐渡沖・富山トラフの方向とは非調和である.(図4)
(3)国土地理院GPS測量によれば,(2)の褶曲帯の,新潟市付近での,越後平野-東頸城丘陵の方向の軸へ直行する北西ー南東方向の水平距離が平常時は年あたり約1.2cmの速度で短縮している(図5).長野-松本付近の糸-静線を挟んだ北西-南東方向の基線でも年あたり1cm前後の比較的大きな速度で短縮しているのに対し,糸-靜線を東西に挟んだ方向への短縮は年あたり0-0.3cmと小さな値である(図6).この差ははっきりとしている.これは現在進行形の地殻変動が糸-静線に直交する東西方向ではなく,斜交する北西-南東方向,つまり新潟-長野-松本方向と直角な方向に短縮するような運動をしていることを意味している.
図2. 新潟県中・北部の過去400年間の被害地震(M>6.7)の震源域です. 震源域の広がりの意味を理解していただくため,1964年新潟地震の場合について,その余震分布(気象庁地震月報をもとに作図)を併せて示しています.1995年新潟県北部地震(M5.5)は参考として載せました. Figure 2 This is the epicenter area of damaging earthquakes (M>6.7) in the central and northern parts of Niigata Prefecture over the past 400 years. (according to the Japan Meteorological Agency) are also shown. The 1995 Northern Niigata Prefecture Earthquake (M5.5) is included for reference.
図3. 1948年-2024年の76年間に発生した中部地方の被害地震(M>6.5)の震源域です.北陸・信越地方の活動度が高く,新潟ー福井の日本海沿岸地方がM7クラス直下型地震の常襲地帯であることがわかります.これ以外にも,より古い歴史時代の被害地震のようすや活断層の調査,さらには地殻変動の解析からもこの地域が活発な変動帯であるという結論が得られています. Figure 3: Epicenter area of damaging earthquakes (M>6.5) in the Chubu region that occurred over 76 years from 1948 to 2024. It can be seen that the activity level is high in the Hokuriku and Shin-etsu regions, and the Sea of Japan coast region of Niigata and Fukui is a region prone to M7 class earthquakes. In addition to this, the conclusion that this region is an active deformation zone has been obtained from investigations of damaging earthquakes and active faults in older historical periods, as well as analysis of crustal deformation.
表1 この図の地震リスト(諸量は気象庁資料等による)
Table 1. List of earthquakes in above diagram (various quantities are based on Japan Meteorological Agency materials, etc.)
図中の(1965−67)は松代群発地震.累積マグニチュード6.4
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図4. 中部地方の地質図(産業技術総合研究所による).北から越後平野,西山丘陵,越路丘陵,東頸城丘陵のいわゆる「新潟方向」と呼ばれている北東ー南西方向の褶曲帯,さらに千曲川に沿って飯山地区の褶曲帯,長野市から犀川に沿って水内褶曲帯が大町・松本市へ延びる.
Figure 4. Geological map of the Chubu region (by the National Institute of Advanced Industrial Science and Technology). From the north, there is a northeast-southwest fold belt called the "Niigata direction" of the Echigo Plain, Nishiyama Hills, Koshiji Hills, and Higashikubiki Hills, and then a fold belt in the Iiyama area along the Chikuma River, and from Nagano City to the Sai River. Along the line, the Minoti fold belt extends to Omachi and Matsumoto City.
図5 新潟市付近の基線変化.佐渡市鷲崎と新発田市の観測点がこの十年間に+6cm-(-6cm)=12cm短縮していることがわかります.このデータは2011年の太平洋沖地震の前の期間を選んでいます.
Figure 5 Baseline changes near Niigata City. It can be seen that the observation points in Washizaki, Sado City, and Shibata City have shortened by +6cm- (-6cm) = 12cm over the past ten years. This data is selected for the period before the 2011 Pacific Coast Earthquake.
図6 糸魚川ー静岡線付近のGPS変動.NW-SE方向の短縮(右の三つ)が,E-W方向の短縮(左の二つ)よりも明らかに大きいことがわかります.つまり,短縮しているのは東西方向ではなく北西ー南東方向です.このことから,南北方向の糸-静線よりも北東-南西方向の後述の新潟-神戸線の方に,地震活動帯=構造線としての有意性があると言えます.
Figure 6 GPS fluctuations near the Itoigawa-Shizuoka line. It can be seen that the shortening in the NW-SE direction (three on the right) is clearly larger than the shortening in the E-W direction (two on the left). In other words, the shortening is not in the east-west direction but in the northwest-southeast direction. From the above, it can be concluded that the Niigata-Kobe line in the northeast-southwest direction has more significance as a seismically active zone = tectonic line than the Ito-Shizuka line in the north-south direction.
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4. 衝突境界なら佐渡島沖・糸魚川コースはない
地震活動の分布の方向性,褶曲構造,地殻変動のいずれからも,佐渡沖ー富山湾ー糸魚川がプレート境界であることを示唆するようなデータは見られません.前節のデータからは,庄内沖から越後平野,長野,松本を結ぶ方向が圧縮されていることが読み取れるのです.なお,地殻変動の研究者はこの変動帯を「新潟ー神戸ひずみ集中帯」と呼んでいます.
この変動帯をユーラシアプレートと北米プレートの境界とすれば,それは 沈み込み=海溝の生成 というタイプではなく,衝突隆起のタイプということになります.そして,衝突境界は沈み込み境界のように一本の線ではなく,数本の線で引くか,あるいは帯状で表示することが適当だと思われます.図7はその考え方で示したものです.また,図1に新潟県と長野県に関係した部分を書き加えると図8のようになります.この縮尺の図ですと大した違いはないように見えますが,人口密集地の信濃川,千曲川,犀川流域がプレート境界となると,その影響は小さくありません.
なお,「活断層」をこの図に書き込むとすると,その多くはここで引いた線でつぶれてしまうでしょう.日本列島全図で見れば,この地方全体が活断層だということなのです.
図7 帯状に示した日本海東縁変動帯のプレート境界
Figure 7 Plate boundaries of the eastern Japan Sea margin movement zone shown as a belt
図8 修正したプレート境界
Figure 8 Modified plate boundary
5. 未解決の問題(書きかけ)
日本海東縁南部のプレート境界が粟島から新潟市,越後平野,信濃川,千曲川,犀川流域を通るとすると,これまでのプレートテクトニクス論で,本州を載せた地塊をアルファベットのH文字型で4つに分けていたことに対する代案をどうするかが未解決の問題として残ることになります.これまでは一本の線で明示していたものを,何か漠然と越後平野とか犀川流域とか表現するのです.賛同する人もこれでは引用がしづらいでしょう.シンプルイズザベストの考え方からすると筋悪です.
しかし,古典的なプレートテクトニクス論でもインドプレートとユーラシアプレートの境界は幅のあるヒマラヤ山脈です.地形的にも地質学的にも一本の線では表現できません.これは「衝突境界」の宿命なのでしょう.
私たちが普段見ているインド・ヒマラヤ付近の地図同様に世界地図レベルで表現すれば,この境界は青森県津軽地方,秋田県,山形県庄内地方,新潟県,北陸・長野県,さらに西南日本全体(中部地方,近畿地方,四国地方,中国地方,九州地方)へと太い幅で考えた方が良いのではないでしょうか .
日本列島全体を衝突境界とするアイディアもありえます.日本海溝,南海トラフなどの沈み込み帯と衝突隆起の日本列島を一つのセットで考えるのです.そうすると東北日本を載せた北米プレートを設定する必要はなくなります.北米プレートかオホーツクプレートかという30年来の議論も解決します.
上の考えは視野を極端に広げた場合の話です.これだけでは地域特性を説明できません.やはり,オホーツクプレートやアムールプレート,さらにより小さなプレート〔例えば,金折裕司(1997)のマイクロプレート〕を考えなければならないのかもしれません.
文献
金折裕司,1997,活断層系,近未来社
図2は河内・大木(1996),図3は河内(2007)で用いた図に加筆修正したものです.原著はこれまでの主な論文・最近の学会発表要旨のページからPDFファイルを取得できます.
以下は最近の新潟県内の地震活動の様子です
目 次
○最近の地震活動
○最近の地殻変動
******* 最近の地震活動 *******
〔解説〕 表2,図9,10はそれぞれ最近の新潟県内の地震活動のリスト,分布図,M-T図(いずれも1990-2019年, M>=4.5)です.
「最近」という言葉は,気象庁の観測精度の向上や情報の公開が進んだこの20-30年間という意味で使っています.被害地震の長期予測を考える場合はこの期間の活動を見ただけでは不十分です.図2,3を参照してください.
さらにいうと,巨大津波については過去400年間でも不十分です.おそらく,この地方の巨大津波は500年-数1000年の間隔をおいて襲来します.これについては,失われた陸地 ―康平図にある島々の意味―または,越後の大津波伝説のページをご覧ください.
分布は中越地方に集中しています.しかし,これは上越,下越・佐渡地方が安全ということを意味しているわけではありません.50年-100年のスパンで,そして規模をM>7とすると,これとはまた異なる絵になることに留意してください.
例えば,上越地方では江戸期の260年間に3回のM7規模の被害地震(注)が繰り返されました.また,下越・佐渡地方では図2に示した通りです.
(注)1666年高田地震M6.8,1751年高田地震M7.2,1847年高田地震M6.5および善光寺地震M7.4
表2 地震リスト(1990〜2024年 M>=4.5). Table 1 Earthquake list (1990-2024 M>=4.5).
この表の20番までは,気象庁の月報等によるため,震央の緯度経度を60進法で表記しています.21番以降の2024年能登地震の余震は,防災科学研究所の速報によるため,10進法の表記です.下の図9においては,中小規模の地震が主体なので,図2,3のような震源の広がり方は表現せず,規模を円の大きさで示しました.2004年,2007年,2011年,2019年の大規模被害地震の余震は割愛しました.
図9 新潟県内の最近の地震活動 分布図(1990〜2024年 M>=4.5) Figure 9 Recent seismic activity distribution map in Niigata Prefecture (1990-2024 M>=4.5)
図10 M−T図(規模と時間の図,1990〜2024年 M>=4.5)
Figure 10 M-T diagram (scale and time diagram, 1990-2024 M>=4.5)
******* GPS測量による最近の地殻変動 *******
最近(2004年7月1日〜2013年7月27日)の佐渡-三条間の土地の伸縮運動
図11 上のグラフは下の地図の佐渡市小木・三条市下田二点の間の基線の過去10年間の伸び縮みを表している.〔国土地理院HPによる〕
Figure 11 The upper graph shows the growth and contraction of the baseline between Ogi, Sado City, and Shimoda, Sanjo City, on the map below, over the past 10 years. [According to the Geospatial Information Authority of Japan website]
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〔解説〕2011年3月の東北地方太平洋沖地震が発生する前までは,年あたり約1cmで短縮していましたが,この地震で約20cm伸長しました.その後も余効変動が続いていましたが2013年7月現在は,旧に復しつつあります.2004年10月と2007年7月に急な短縮が見られるのは,それぞれ中越地震,中越沖地震の断層運動によるものです. 中越地震と中越沖地震では基線(佐渡小木ー三条下田)を横切る位置に,太平洋沖地震では基線の東方に断層線があり,いずれも震源断層が断層付近で土地が短縮する逆断層であったため,前者の二つでは短縮し,後者では伸張したものです.
データの更新(2006年6月5日〜2016年6月18日)
図12 図11のデータを更新した〔国土地理院HPによる〕.2011年の地震の余効変動は依然続いています.現在,伸縮は概ね平衡状態です.
Figure 12 The data in Figure 11 has been updated (according to the Geospatial Information Authority of Japan website). Aftereffect fluctuations of the 2011 earthquake are still continuing. Currently, expansion and contraction are approximately in equilibrium.
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最近のデータの更新(2013年12月30日〜2024年1月13日)
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図13 図12のデータを更新しました〔国土地理院HPによる〕.短縮の傾向に戻ったように見えます.グラフの右端(24年1月1日〜13日の打点)で能登半島地震の影響が認められます.すなわち,断層線に近い小木が三条下田に対して約5cm西へ移動しました(基線が5cm伸びた).これは,東傾斜逆断層の上盤にある佐渡島が西方へのしあがる変動をした(あるいは,西傾斜逆断層の下盤にある佐渡島が西方へ潜り込む変動をした)ことを意味しています.下は1月1日をはさむ約1ヶ月の変動です.
Figure 13 The data in Figure 12 has been updated (according to the Geospatial Information Authority of Japan website). It appears that the trend of shortening has returned. The influence of the Noto Peninsula earthquake can be seen at the right end of the graph (dotted points from January 1 to 13, 2024). In other words, the Ogi near the fault line moved approximately 5 cm westward with respect to Sanjo-Shitada(Baseline increased by 5 cm ).This means that Sado Island, which is located in the upper block of the east-dipping reverse fault, has upheaved westward. Alternatively, it could mean that Sado Island, located on the lower block of the west-dipping reverse fault, has sunk westward. Below is the fluctuation for about a month including January 1st.
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